飛鳥小学校 Y・A さん
奈良女子大附中 大教大天王寺中 合格!
将来の夢:キャラクターショーの出演者
私は、3年生の終わりごろ、受験の世界へ足を踏み入れました。最初の動機は「その塾に自動販売機があるから」。そのころは、今こんなことになるなんて思いもしませんでした。3年生から4年生のころは宿題との戦いでした。まだ、たくさんの宿題についていけず、しばしば、泣きながら解くこともありました。5年生の頃は、だいぶ塾にも慣れてきて、塾に行くことが楽しくなりました。
一番楽しかったのは勉強合宿です。
たくさん勉強するのはたいへんだったけれど、合間にある花火やご飯などのイベントで元気満タンになりました。たくさんの友だちができ、塾がもっと楽しくなりました。6年生では様々なことがありました。最初はハードスケジュールになかなか慣れず、授業中、眠気と戦っていました。ですが、時間が経つにつれ少しずつ慣れてきて、眠気にも打ち勝てるようになりました。また、宿題も多くなり、「あ、明日提出なのに全然やってない!」と絶望することも、しばしばありました。そんな中、2度目の勉強合宿がありました。6年生になると「帰れまテン」があります。「はよ帰らせてくれや…」とブツブツ言いながらも何度も練習し、本番では無事帰ることができました。とても嬉しかったです。このことからも
努力は報われるということを実感しました。
勉強合宿の後はテスト三昧でした。そして、テスト三昧の中で、自分の最大の弱点に気づきました。「問題文をよく読まず、決めつけてしまう」というものです。何度も悔しい思いをし、何度も注意されるのですが、なかなか直せず苦労しました。そのミスで、今までに何点も落としました。それでも12月の終わり、実力テスト総合順位でギリギリ名前がのったことを知りました。これが私にとって何よりもの追い風になりました。目の前に冬の勉強合宿がせまっていたのです。このままいけば、あこがれの「SSSα(トリプルエスアルファ)」に行けるかもしれないと思い、正月は本気で勉強しました。特に理科。受験がせまっている時期でありながら、「はいにゅう? はい? 何それ?」という状態でした。だから、母に教えてもらいながら、植物について勉強しました。今では植物はそこそこできると言えるくらいまで覚えました。そして勉強合宿当日。無事にあこがれのクラスに行くことができました。
今での人生で3本の指に入るほどうれしかったです。
でも、次の日の実力テストで、私は絶望のどん底へ突き落とされました。国語はできたんです。算数もまだできたんです。理科はよく読まないことによるミスがありました。社会は時間配分をまちがえ、全然解けなかったんです。そして、焦りから歴史でたくさんミスをしました。大好きな社会で全然点を取れず、本当に悔しかったし、悲しかったです。しかし、この経験が奈良学園の試験で生きました。実力テストの反省から、歴史、公民、地理の順に解きました。だから時間にも心にも余裕が生まれ、地理の難しい問題をじっくり考えることができました。もし、地理から解いていたら、絶対に時間が無くなっていたと思います。悔しかった経験を生かせられてうれしかったです。冬合宿は何かと忙しかったです。このころの私は、算数の問題を、印をつけながら解くようになりました。するとミスがグッと減り、先生にほめられることもありました。でも、まだまだ気は抜けません。理科での弱点の多さや、赤本で合格者最低点を超えられなかった悲しさと戦いながら必死に勉強しました。そうして迎えた女子大本番。表現Ⅰは解ける問題がたくさんあって楽しかったです。しかし、表現Ⅱは思ったよりも難しくてあせりました。面接は楽しんで取り組むことができました。そこから合格発表まではずっとドキドキしていました。落ちているかもしれないという不安が頭を支配していたので、発表当日、
自分の番号を見つけたときは、今までの人生でいちばん嬉しかったです。
そして、毎日、お弁当を作ってくれた母、送り迎えをしてくれた父、たくさん応援してくれた祖父と祖母、辛いときに支えてくれた友だち、勉強だけでなく人間性も育ててくれた先生たちにお礼を言いたいです。ありがとうございました。受験は終わったけれど、これからも勉強は続けていこうと思います。そう思えるのも、私を支えてくれたみんなのおかげです。本当にありがとうございました。
椿井小学校 T・Yさん
奈良女子大附中 大教大天王寺中合格!
将来の夢:ジャーナリスト
私がひのき塾に入ったのは小学5年生のときだった。完璧主義の私は、授業のとき、「どうかこの問題は当てないでくれ」、「この問題は絶対に解かないといけない」と自分で自分にプレッシャーを掛けていた。そのせいで、「今日は塾に行きたくない」と泣きながら塾に行ったこともある。しかし、私に何が起こったのかわからなかったが、だんだん授業を楽しむようになった。その思いは強くなっていき、小5の最後の授業のときにはさびしく感じた。そして気が付いた。私は勉強や先生に対する思いが変わったのだと。6年生になると、
授業が楽しいと思う気持ちが百倍になった。
そして、もっと知りたいと思うようになり、勉強に対する見方の変化があったのだと思う。夏合宿では、私にとって実力テストが全てだった。だが、結果は思うようにいかなかった。算数と理科が全然できなかった。先生たちが実力テストの解説をするときは泣きそうだった。一人でトイレで泣きたかった。理科の解説のとき、丸付けをしていると、地震の問題をほとんどまちがえていた。そのことについて、北見先生に聞かれた。「地震の問題の練習をしてきたのに、全然できなかった。」そう言いたかった。これはあくまで私の勝手なイメージだが、先生が何かまがまがしいオーラと圧を出していたように見え、うまく話せなかった。その日の夜もなかなか眠れなかったことを覚えている。合宿から帰ってくると、勉強を死ぬ気でやった。次の実力テストのために、苦手な単元の復習もした。なんとなく、次のテストはいけると思った。しかし、実際には国語がダメダメで偏差値も50だった。私はまた泣きたくなった。今度は本当に泣いた。
塾をやめたい、勉強をやめたい、全部投げ出して海の底に沈みたい、そう思った。
そんな私の心をいつも励ましてくれるものがった。算数のブラックノートとやり直しノートだ。ひのき先生がコメントをいつも書いてくれた。「よくできました。」「がんばれー」「落ち着けば難しい問題もとける」というように、アドバイスやメッセージをくれた。私はこれを見るのが毎週楽しみだった。
この2つのノートは本当に私の宝物だ。
いつの間にか冬合宿がやってきた。合宿では5つのクラスに分かれるのだが、私は一番上のクラスのSSSαクラスに行きたかった。そして、その願いを本当にかなえることができた。普段受けない先生の授業を聞くことができ、楽しく、新鮮だった。そんな私を再び不安な思いでいっぱいにさせたのは、やはり実力テストだった。国語はできたような感覚があったが、算数は分からないものも多くあり、理科はダメダメだということの他になく、社会は時間半分に失敗し…。と、数えきれないほどの失敗があった。夏合宿のときのように、算数と理科の解説の際は、また失望感を隠しきれなかった。そして、その日の夜も眠れず、5時間半しか眠れなかった(私は常に8時間半寝ているので、かなり短い)。それでも、まさか私がもう一度SSSαクラスにいけるなんて。信じられなかった。私は嬉しくて嬉しくてたまらなかった。しかし、再び悲しみはやってきた。炎の十問テストだ。合格できると信じていたが、ダメだった。しかし、神:橋立先生のおかげで、豆電球のことが腹落ちして理解することができた。
今思えば、あの時再テストになってよかったと心から思った。
私の受験を通しての体験はこんな感じだ。私は受験を通して、一生ものの知識、勉強に対する情熱、楽しさ、家族、そして塾の先生たちのサポート、つまりは愛。確かに、いま挙げたものは形のないものばかりだが、
これらは私の一生の宝物で、少なくとも私の心からは、絶対に、絶対に、絶対に消えないものだ。
私は、心から本当に成長したと思う。前は、他人に感謝をあまりせず、使ったものはそのまんまにし、苦手なことから逃げていた。でも今は違う。檜木先生をはじめ、様々な先生が私にいい影響を与えてくれた。本当に感謝しかない。私を今までずっとずっと見守り、支えてくれた塾の先生や家族のみんな、本当にありがとうございました。
この恩は、いつかどこかで返すことができるよう、私はこれからも勉強を続け、精一杯生きていこうと思います。本当にありがとうございました。
兄が中学受験を経験しているため、娘が小学4年になった時に確認したところ、「受験したい」と二つ返事が返ってきました。要領は良いが、コツコツと勉強することが苦手な子なので不安はありました。
ひのき塾に通い始めた当初は「勉強が楽しい」を機嫌良く過ごしていたが、小学5年生になり、宿題や復習、テスト勉強等が増えていくに従って
「なんでこんなしんどいの」「もう嫌や」
などと愚痴も漏れ聞こえ、小学6年生となれば、心の成長が一番難しい時期でもあり、そこに成績の伸び悩みも加わって、家族に当たり散らす日も増えていきました。
子どもの受験に関して親ができることはそう多くないと思います。宿題チェックや誤答問題の復習を一緒に考える。言葉にすれば平易だが、子どもをその気にさせるだけ、ましてや不機嫌な時などかなりの労力を要します。どうしても言い合いになったり、叱りつけたりすることも少なくなかったのですが、こんな小さな身体で、拭いきれない不安感や焦燥感と闘いながら、受験という重圧に耐えている姿を見て、
子どもの受験に親として何ができるのか、
と当時は悩むこともありました。
ただ、娘に対しては、
「逃げることは悪いことではなく、また別の道を探せば良い。ただし、その選択と結果は、自分自身で責任を追わなければならない。」
「今は苦しいだろうけど、いつまでも続かない。ここでの踏ん張りは未来の自分に必ず返ってくる。」
とだけ伝えてきました。
親の言葉が効いたのかどうかはわかりませんが、実力テストや模試の結果の浮き沈みに一喜一憂しながらも、
「今回はバッチリ」「次は絶対に間違えない」等、
前向きな言葉も増え始め、少しだけ心の余裕も取り戻せた様子が垣間見えました。
いざ、受験本番では、残念ながら不合格だった試験に対しても、「次で取り返す!」と悔しさを前面に出しながらも落ちこむことなく前に進み続け、最終的には自身の志望を勝ち取ることができました。
受験を終え、娘は糸が切れたように自由に過ごしており、しばらくは大目に見ることにしています。それでも、夕食時の会話ではよく受験勉強、特に苦しくて当たり散らしていた時の話題が出るので、
「私もあの時は荒れてたなあ」
「ホンマに受験やめるのかと思ったわ」
等と一緒に振り返ると、娘は
「無茶言ってるのはわかってたけど、聞いてほしかってん」「あれだけしんどい思いしたのに、途中でやめたら無駄になるやん」等と生意気に返してきます。
先にも言いましたが、受験に関して親ができることはそう多くはないと思いました。勉強を細かく教えられるわけではないし、受験にまつわる傾向や環境に明るいわけでもない、かと言って叱咤激励では反発を食らってしまいます。ですが、今は、中学受験をすると自分の意志で決め、重圧に耐えながら自分の力で進んでいく子どもに対し、親として寄り添う、理解してあげることが重要なのだと考えています。他の保護者さんもされていたと思いますが、
塾や各種試験会場への送り迎え。
お弁当を作り届ける。
愚痴や弱音を受け止めてあげる。
そんな些細な事の積み重ねは、子どもにとって「いつも傍にいてくれる、見てくれている」という安心感につながり、子どもの心の成長に大きく関わっているのではないかと思います。
今回の中学受験を通じて、いつまでも小さな子どもだと思っていた娘の著しい成長を見させてもらいました。苦しみながらも闘い続ける子どもたちに、力を与え、進むべき道を示していただいた先生方に感謝いたします。
年々受験環境は異なり厳しい状況になるときもありますが、次に続く子どもたちにも良き道筋を示してあげてください。
ありがとうございました。
上の2人の子供も中学受験をし、3番目の娘も中学受験を考えて塾を考え始めた小4の秋。
上の2人と違い、こだわりが強く、自分が納得しないとしない3番目。
そこで塾選びも娘を交えて行いました。
3つの塾をまわり、娘は「ひのき塾奈良教室が一番静かで気に入った」と言い、私自身も北見先生の面談を受け、この塾にお世話になろうと決めました。
しかしながら入塾してからが大変でした。
宿題はこなしていたようですが、全く勉強に身が入らない日々が続きました。
「ああ言えばこう言う」とはよく言ったもので、まさに娘はそんな感じでした。
反抗期もあったのか、叱れば叱るほど逆効果でした。
塾から送られてくるメールには、子供と関わり学習に一緒に取り組む親子の体験談がたくさん載っていましたし、学習計画なども一緒に立ててください、等のメールもありました。
しかし娘に「一緒にやろう」と言えば言うほど嫌がられ、塾の勉強を毛嫌いしているのでは、と思わせられました。
塾をやめさせようと思ったのも、一度や二度ではありませんでした。
主人に相談したところ、
「塾をやめさせたからと言って、母親である私のストレスが減るわけではない。勉強せずに家にいる娘を見ていたら、さらにストレスを感じるのではないか」と言われ、塾を続けさせました。
北見先生にも、愚痴のようなラインも何度送ったか分かりません。
しかしどんな時も、北見先生はじっと母親の不安を受け止めて下さり、本当に感謝しています。
小6の夏になってもやる気は上がらず、仮病で塾を休んだこともありました。
何を言っても喧嘩になるので、私はじっと聞き役に徹するようになっていました。
私からは「どうだった?」の一声だけで、娘は学校のこと、塾のことをたくさん話すようになっていました。
決して他の子と比べないこと、マイナスなことは言わないこと、子供の意見を否定しないこと、を心掛けて子供と接するようにしました。
先生からも色々お話ししてくださっていたようで、娘も「先生がこう言っているから勉強しないと」と言うようになってきました。
受験まであと1カ月をきった頃、自分から「帰る時間を遅くする(自習時間を長くする)」と言ってきた時は驚きました。
やっと勉強のやる気スイッチが入ったようでした。
そこからは黙々と勉強するようになり、ネットゲームもしなくなりました。
「果たして間に合うのだろうか?」と思いながらも、引き続き、黙って娘の話を毎日聞いていました。
12月も終わりの頃。
「模試の問題(作文)が時間内にできなかった」と娘が不安そうに言ってきたので、先生にご相談させて頂きました。
先生はすぐに子供達に聞き取り調査してくださり、作文の対策を講じてくださいました。
いよいよ受験。
京都教育大学付属桃山中学校の受験の後、「作文がとてもよくできた」と満足そうに話す娘の様子は忘れることができません。
そして合格できました!
発表は朝に主人に見に行ってもらい、再度娘と合格発表を見に行きました。
「自分の番号が本当にある!嬉しいなぁ」と笑う娘に、私も嬉しくて感動しました。
あんなに勉強する気が起こらなった娘の、「やる気スイッチ」を押してくださった、ひのき塾の先生方には本当に感謝しています。
ありがとうございました。